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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)5501号 判決

原告 永元海運株式会社

被告 株式会社セントラル・トレイデイング・ジヤパン

被告参加人 国

訴訟代理人 篠原一幸 ほか三名

主文

一  原告の本件訴を却下する。

二  参加人の本件参加請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は参加によつて生じた部分は参加人の負担とし、その余は原告の負担とする。

事実

(当事者の認めた裁判)

原告は本訴請求につき「被告は原告に対し、二万八三二八米ドルおよび五二セントおよび内金二万五四三二ドル一八セントに対しては昭和四三年一二月二一日から、内金二八九六米ドル三四セントに対しては昭和四四年一月一六日からそれぞれ完済に至るまで年六分の割合による金員を、一米ドル三六〇円の換算率により、もしくは右換算率が認められないときはその支払時期における円換算率により支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、参加請求につき「参加人の請求を棄却する。訴訟費用は参加人の負担とする。」との判決を求めた。

被告は本訴請求につき、本案前の申立として「原告の訴を却下する。」との判決、本案の申立てとして「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、参加請求につき「参加人の請求を棄却する。」との判決を求めた。

参加人は「被告は参加人に対し一〇一九万八二六七円および内金九一五万五五八三円に対しては昭和四三年一二月二一日から、内金一〇四万二六八四円に対しては、昭和四四年一月一六日から、それぞれ完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。参加人と原告との間において右金員の取立権が参加人にあることを確認する。訴訟費用は原告および被告の負担とする。」との判決ならびに金員支払請求につき仮執行の宣言を求めた。

(本訴請求原因)

一  原告は神戸市に本店を有し、海運業を営んでいたが、昭和四四年一月二五日の株主総会の決議によつて解散し、目下清算中である。

二  原告は、原告が大和海運株式会杜(以下単に大和海運という)から裸傭船中の大泉丸(総トン数三八一〇・五トン)につき、昭和四三年九月一〇日、被告との間において、つぎのような運送契約を締結した。すなわち、

1. 原告はインドネシア・ラワン丸材木(二五〇〇ないし三〇〇〇立方メートル、但し最低二五〇〇立方メートルの積荷は被告において保証する)をラブハ港およびタリアブ港において積荷し、ラブハ港積荷の分は名古屋港、タリアブ港積荷の分は下関から千葉に至る安全な港に荷揚げする。

2. 被告は、ラブハ港積荷の分については船荷証券面上一立方メートルにつき一一米ドル一〇セントの、タリアブ港積荷分については船荷証券上一立方メートルにつき一一米ドル七〇セントの各割合による運送賃を、船積み完了のときに、それぞれの船荷証券面上の数量に応じて支払う。船体または積荷の滅失如何にかかわらず割引または返戻をしない。

というものであつた。

三  そして、大泉丸は昭和四三年九月二〇日に大阪港を出港し、途中諸所に寄港したのち、同年一一月二九日タリアブ港に入港し、船荷証券面上二、〇二二・四二立方メートルのラワン丸材木を積み同年一二月一〇出港翌々一二日カプツサン港(被告の要求によりラブハ港から変更した)に入港し船荷証券面上二四八・三七立方メートルのラワン丸材木を積込み、船長石橋淑方は原告を代理して右各績荷に対して船荷証券を発行して荷送人に交付し、昭和四四年一月一二日名古屋港に到着して同月一五日に右の荷揚げを終了した。

そして、右の運送賃は合計二万八九六三米ドル四五セントである。すなわち、右両港の積荷数量は合計二二七〇・七九立方メートルにすぎないが、前記のとおり被告が保証した積荷数量は合計二五〇〇立方メートルであるから、タリアブ港積荷分に対してはその運賃率一一米ドル七〇セントを乗じ、カプツサン積荷分については右二五〇〇立方メートルの保証数量からタリアブ港積荷分を控除した数量に一一米ドル一〇セントを乗じると右の金額になるである。

四  その間、昭和四三年一二月一五日、原告と被告との間において、さきの支払方法を変更して、右の運送賃の九〇パーセントは同月二〇日までに、その余は名古屋港荷揚と同時に支払う旨の合意が成立した。

五  そこで、原告は被告に対し、右運送賃合計二万八九六三米ドル四五セントから被告の立替費用六三四米ドル九三セントを控除した残額二万八三二八米ドル五二 セントおよび右運送賃合計額の九〇パーセントから右の立替費用を控除した二万五四三二米ドル一八セントに対してはその弁済期の翌日である昭和四三年一二月二一日から、その余の二八九六米ドル三四セントに対しては荷揚完了の日の翌日である昭和四四年一月一六日から、それぞれ完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を右各弁済期における一米ドル三六〇円の換算率により、右換算率の適用が認められないときには現実の支払時期における円換算率により支払を求める。

(本訴請求に対する被告の本案前の主張)

原告主張の本件運送賃請求権は、大阪国税局長により原告に対する滞納処分として昭和四六年三月二五日差押えられ、その通知書は同月二七日第三債務者である被告に送達された。したがつて原告は本件運送賃請求権の取立権を失い、給付訴訟追行権を喪失したものであるから、原告の本訴請求は却下されるべきである。

(本訴請求原因に対する被告の答弁)

請求原因第一項の事実中原告が神戸市に本店を有し、海運業を営んでいることおよび同第二、第三項の各事実および同第五項中被告が六三四米ドル九三セントの立替払をしたことは認めるが、同第一項のその余の事実は知らないし、同第四項の事実は否認する。

(本訴請求原因に対する被告の抗弁)

一  原告は、本件運送賃請求権を昭和四三年一二月一七日ごろ、その債権者委員会に譲渡し、同月一八日ごろ被告に到達した書面によりその旨の通知をなしたから、原告は右請求権を失つた。

二  かりに右主張が認められないとしても、被告は昭和四三年一二月二八日到達の書面をもつて原告に対して本件運送契約を解除する旨の意思を表示をしたから、原告の運送賃請求権は消滅した。すなわち、

(一)  大泉丸は大和海運の所有であつたが、原告は昭和四三年九月三日、これを同会杜から代金四〇〇〇万円で買受けた。しかし、その代金支払方法が、同年九月二一日および一〇月二一日に各五〇〇万円、その余の三〇〇〇万円はこれを四〇回に分割して引渡の月から毎月末に七五万円宛支払うというものであつたので、右支払が完了するまでは所有権を大和海運に留保し、その間は傭船料を月額二一五万円と定めて裸傭船契約を締結した。

原告と被告間の本件運送契約は右の裸傭船契約中に行われたものである。

(二)  大泉丸は同年九月二〇日大阪港を出帆したが、原告がその海外代理店に立替金の支払を怠つていたので信用がなく、そのため、碇泊地において食料、燃料等の補給はもちろん船舶の修理その他に支障をきたした。そして、大泉丸の乗組員三六名中船長石橋淑方以下約三〇名がいずれも大和海運所属で、同社から派遣された者であつたので、船長は大和海運の保証書を差入れて必需品を購入したり、大和海運から船舶修理部品の空輸を受けるなどして、事実上大和海運の指示により航行していた。

(三)  そのうち、原告は大和海運に対する前記売買代金の割賦金および傭船料の支払を怠るに至り、昭和四三年一一月末には、不渡手形を出し、内整理のため債権者委員会が成立するに至つた。そこで、大和海運は、原告に対し、昭和四三年一二月二四日ごろ到達の書面をもつて、前記売買代金および傭船料の未払分合計七九五万円を同月二六日までに支払うように催告したうえ、同月二八日ごろ到達の書面により前記売買契約および裸傭船契約を解除し、ついで石橋船長に対し今後大和海運の指示により航行すべき旨を通知した。

(四)  その間、同年一二月二〇日、原告代表者と債権者委員会の代表者山ノ井一郎とが被告を訪れ、本件運送賃を債権者委員会に支払うよう求めた。被告は右のような状態のもとでは契約どおりの運航が行われるか否かにつき危惧の念を懐いていたので、原告が契約どおりの運航を完遂することを保障し、その旨の書面を提出するならば運送賃支払を承知する旨返答し、原告代表者らはその書面を同月二三日までに必着するように郵送する旨約した。しかし、その期日が来ても右書面は郵送されず、その後原告から運航保障に関する何らの連絡もなかつた。

そこで、被告は原告による運航は不可能であると判断し、それは原告との本件運送契約当時全く予測しえなかつたことであり、しかも被告の責によるものでもなかつたので、前記のとおり本件運送契約解除の意思表示をなした次第である。

(被告の本案前の主張に対する原告の答弁)

本件運送賃請求権が原告に対する関税滞納処分として昭和四六年三月二五日に差押えられたことは認める。

(被告の抗弁に対する原告の答弁)

一  被告主張の抗弁第一項の事実は否認する。

原告は債権者委員会の構成員であつた山ノ井一郎および岩田実に運送賃の取立を委任したにすぎず、債権を譲渡したのではない。そもそも、原告の債権者委員会は、昭和四三年一二月五日、そのころの原告に対する債権者一七〇余名のうちから業種別に代表を選んで、原告を再建する方途を検討するために結成されたもので、定款の定めなどはなく、したがつて、権利義務の主体となるべき組織ではなかつた。そして、同委員会は同月二六日、原告の再建の見込はないと断念して解散した。

二  同第二項の事実中、被告が原告に対して昭和四三年一二月二八日到達の書面をもつて本件運送契約解除の意思表示をしたこと、原告が大和海運から被告主張の条件で大泉丸を買受け、かつ裸傭船契約を締結したこと、船長石橋淑方以下乗組員の大多数が大和海運所属の船であつたこと、原告が大和海運に対して売買代金および傭船料の支払を怠つたこと、原告の資金繰がつまつて不渡手形を出したために債権者委員会が結成されたこと、大和海運が原告に対して被告主張の催告をなしかつ大泉丸の売買および裸傭契約解除の意思表示をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(参加人の参加請求原因)

一  参加人は原告に対し、昭和四六年三月二五日現在において、すでに納期限を経過した昭和四三年度源泉所得税ほか合計六九四万四五八二円の国税債権を有している。

二  一方、原告は、被告に対し、昭和四三年九月一〇日締結の運送契約に基く二万八三二八米ドル五二セントの運送賃請求権を有している。そして、右運送賃請求権の発生原因事実は被告との本訴において原告が主張するとおりである。

三  大阪国税局長は、昭和四六年三月二五日、前記の租税債権に基く滞納処分として、右運送賃請求権を差押え、右差押通知書は同月二六日被告に送達されたので参加人は右運送賃請求権の取立権を取得した。

四  よつて、参加人は原告および被告に対し参加請求の趣旨どおりの判決を求める。

(参加請求原因に対する原告の答弁)

参加人主張の請求原因事実中、第二、第三項の事実は認めるが第一項の事実は不知。

(参加請求原因に対する被告の答弁および抗弁)

参加人主張の請求原因事実中、第三項の事実は認めるが、第一項の事実は知らない。第二項の事実は争う。

参加請求原因に対する抗弁は本訴請求原因に対する被告の抗弁のとおりである。

(被告の抗弁に対する参加人の答弁)

被告の抗弁に対する参加人の答弁は本訴における被告の抗弁に対する原告の答弁のとおりである。

(証拠)〈省略〉

理由

一  まず第一に、被告の本案前の申立について判断する。

大阪国税局長が原告に対する六九四万四五八二円の国税債権に基く滞納処分として、昭和四六年三月二五日原告の本訴請求にかかる運送賃請求権全額を差押え、翌二六日右差押通知書が被告に送達されたことは当事者間に争いがなく、しかも原告が本訴請求を確認訴訟等に変更する意思のないことは弁論の経過に徴し明らかであるところ、右差押以後においては国税徴収法第六七条第一項により国が本件運送賃請求権の取立権を取得し、原告に代つて債権者の立場に立ちその権利を行使し得るものとされる以上、原告は本件運送賃請求訴訟の訴訟追行権を失い、当事者適格を欠くに至つたものというべきであるから原告の本件訴は不適法に帰し、却下を免れない。

二(一)  つぎに原告と被告との間において、昭和四三年九月一〇日、原告が大泉丸を運航してインドネシア・ラワン丸材木をラブハ港およびタリアブ港において積荷し、ラブハ港積荷分は名古屋港、タリアブ港積荷分は下関から千葉に至る安全な港に荷揚げする、被告はラブハ港積荷分については船荷証券面上一立方メートルにつき一一米ドル一〇セント、タリアブ港積荷分については同じく一一米ドル七〇セントの各割合による運送賃を船積み完了のときにそれぞれその船荷証券面上の数量に応じて支払う、そして、船体または積荷の滅失如何にかかわらず割引または返戻されない、被告は右積荷の最低数量として船荷証券面上二五〇〇立方メートルを保証する、という趣旨の運送契約を締結したこと、大泉丸は同年九月二〇日に大阪港を出港し同年一一月二九日にタリアブ港に入港して船荷証券面上二〇二二・四三立方メートルのラワン丸材木を積み、ついで同年一二月一二日に被告の要求によりラブハ港を変更してカプツサン港に入港し、船荷証券面上二四八・三七立方メートルのラワン丸材木を積込み、昭和四四年一月一二日に名古屋港に到着して同月一五日にその荷揚げを終了したこと、右の運賃総額は合計二万八九六三米ドル四五セントであるが、六三四米ドル五二セントに上る被告の立替費用が存することおよび被告が原告に対し、昭和四三年一二月二八日到達の書面をもつて本件運送契約解除の意思表示をしたことについては当事者間に争いがない。

(二)  そこで次に右契約解除の効力について検討するに、

〈証拠省略〉

を総合すると、次のような事実が認められる。

(1)  大泉丸は、原告が裸傭船契約によつて、大和海運から借受けたものであるが、昭和四三年九月二〇日に大阪港を出港する時から、航行に必要な乗組員の食糧等を大和海運がその代金を立替えて積込んだこと(右立替金は原告から大和海運に支払われていない)

(2)  大泉丸が昭和四三年一〇月初旬に寄港したバンコツクにおいては、原告が現地代理店への送金を怠つていたため、一時は代理店から出港差止めの申入れを受けるに至り、大泉丸船長石橋淑方が大和海運所属の船長としての信用を恃んで関係筋に奔走の結果ようやく出港を許されたこと

(3)  さらに大泉丸が航行を続けて寄港したマカツサル、テルナナ、メナド、ビーツン等の諸港においても、原告は大泉丸に対し食料、資材等の補給その他航行に必要な事項について代理店に全く指示、連絡をせず、就中マカツサルにおいては、バンコツクにおけると同様原告の債務不履行を理由に出港差止めを受ける事態を生じ、その上清水や食料の購入を拒否されたので、やむなく船長が個人として金員を借用して辛うじて急場をしのいだものの、その後の航行中も主食、生活必需品にも事欠く状態に陥つたので、船長は自己の所持品を売却してその用に充てたりしたこと

(4)  その間大泉丸船長から原告に対し、航行に関し指示を仰ぎ物資の補給およびそのための送金を依頼したのに対し、原告は、昭和四三年一一月一九日に、マカツサル宛にピストン冷却用のサクシヨンバルブを空輸したにとどまつて、他にこれに何ら応ずることがなかつたこと

(5)  大泉丸は前記のとおり昭和四三年一一月二九日にタリアブ港に入港し、被告との運送契約に基き木材を積込み、同年一二月一〇日にを同港を出帆し、同年一二月一二日にカプツサン港で同様の木材を積込んだが、原告は同年一一月末日には五億円を上回る債務を残して不渡手形を出して倒産し、その結果結成された債権者委員会も、同年一二月二六日には、原告の再建策も見出し得ないまま解散するに至つたこと

(6)  その間昭和四三年一二月二〇日原告代表者および前記債権者委員会代表者山ノ井一郎が被告を訪れ、本件運送賃の支払を求めたので、被告は本件運送の完遂を保障する書面が提出されれば支払う旨答えたところ、同人らは同月二三日までに右保証書を提出する旨約したにもかかわらずこれを果さなかつた。そこで被告はもはや原告によつては本件運送契約の完遂は到底期し難いと断じ、同月二六日契約解除の意思表示を発するとともにあらためて翌二七日大和海運との間に本件運送品を目的とする傭船契約を締結したこと。

(7)  原告は、大和海運に対し、月額金二一五万円の大泉丸の傭船料を一回も支払わずまた同船売買の割賦金の支払を怠つたため、両者間の大泉丸を目的とする売買および裸傭船契約はともに昭和四三年一二月二八日ごろ解除されたこと(右解除の事実は当事者間に争いがない)

(8)  このような状況のもとにおいて、大泉丸船長は大和海運の指示と補給のもとに航行を続けたが、前記木材の名古屋港における荷揚作業も原告を通じてでは、その代理店、荷揚業者が依頼に応じないため不可能た状勢が必至と目されたこと。

右各認定事実に反する証人永元正雄の証言は信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2 右認定事実に照らせば、遅くとも昭和四三年一二月下旬の時点では原告は大泉丸を運航する能力を失い、本件運送契約を履行することが不能の状態におつたと解するのが相当であり、従つて、同年一二月二八日に被告が原告に対してなした前記運送契約の解除は有効であるといわなければならない

三  なお、本件運送契約には積荷の滅失如何にかかわらず運賃の割引または払戻をしないとの特約があつたことについては当事者間に争いがないけれども、海上運送人の責に帰すべき事由によつてその運送債務を履行しえなくなつたような場合には右の特約の適用がないと解するのが相当であり、本件の場合は前項(二)に認定の諸事実に鑑み原告に帰責事由の存することは明らかであるから、右の特約の存在は前記解除の効果に影響を及ぼすものとはいえない。

四  そうすると、その余の点について判断するまでもなく、原告は本件運送契約の解除により、本件運送賃請求権を失つたことになるから、右運送賃請求権が存在することを前提とする参加人の本件参加請求はすべて理由がないことになる。

よつて、原告の本件訴を却下し、参加人の参加請求を棄却することとして、民事訴訟法第八九条第九四条後段を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木潔 定塚孝司 水沼宏)

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